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千葉地方裁判所 平成8年(行ウ)1号 判決

原告

山田政子

右訴訟代理人弁護士

高綱剛

小川彰

島﨑克美

齋藤和紀

山村清治

被告

千葉地方法務局富津出張所登記官

小林サチ子

右指定代理人

篠塚亮一

外五名

主文

一  千葉地方法務局富津出張所登記官酒井義昭が平成七年二月二〇日付けでした原告並びに山田武夫及び山田たきからなされた同出張所同年一月二三日受付第三二一号共有者山田武夫・山田たき持分全部移転登記申請を却下する旨の決定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  争点

本件の争点は、相続財産を構成する農地について、「相続分の贈与」を登記原因とする共有者持分全部移転登記を申請する場合、農地法三条一項の農業委員会の許可又は知事の許可を証する許可書の提出が必要か、である。

二  争いがない事実等

1  亡山田さたは、昭和四六年八月八日当時、別紙物件目録一ないし三記載の農地(以下「本件農地」という。)を所有していた。

2  亡山田さたは、昭和四六年八月八日に死亡し、養子である山田武夫、二女である山田たき、三男である亡山田實の長女鍵谷洋子が本件農地の各八分の二ずつを相続し、二男である亡山田義一の長女原告及び二女白石澄江が各八分の一ずつを相続した。

3  平成三年三月一四日、本件農地について、昭和四六年八月八日相続を登記原因とする所有権移転登記が千葉地方法務局富津出張所同日受付第二〇〇八号をもってなされ、共有者として、山田武夫・持分八分の二、山田たき・持分八分の二、鍵谷洋子・持分八分の二、原告・持分八分の一、白石澄江・持分八分の一の各登記がなされた。

4  しかるところ、山田武夫及び山田たきは、平成六年一一月八日、その相続持分を全部原告に贈与した(以下「本件相続分の贈与」という。)。(弁論の全趣旨)

5  そこで、原告(登記権利者)並びに山田武夫及び山田たき(各登記義務者)は、共同して、平成七年一月二三日、本件相続分の贈与に基づき、登記原因を「平成六年一一月八日相続分の贈与」として、千葉地方法務局富津出張所登記官に対し、共有者山田武夫・山田たき持分全部移転登記申請をし(以下「本件登記申請」という。)、これが同出張所第三二一号をもって受け付けられた。

6  ところが、富津出張所登記官酒井義昭は、平成七年二月二〇日付けの決定により、本件登記申請に農地法三条一項の許可を証する許可書の添付がないことを理由に、これを却下する旨の決定をした(以下「本件却下処分」という。)。

7  原告は、平成七年二月二四日、千葉地方法務局長に対し、本件却下処分の審査請求をしたが、同法務局長は、同年一一月六日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。

三  当事者の主張

1  被告の主張

(一) 相続財産中に農地が含まれている場合において、共同相続人の一部の者が他の一部の者に対して相続分の譲渡をしたとき、その相続分の譲渡に伴って生ずる当該農地に対する共有持分権の譲渡が効力を発生するためには、農地法三条一項所定の農業委員会の許可又は知事の許可(以下「農地法三条の許可」という。)が必要である。

すなわち、相続の開始によって共同相続人は相続財産を構成する個々の財産の全てに対してその相続分に応じた共有持分権を取得するに至るが、相続分の譲渡がなされると、これに伴って、当然に、個々の財産の全てに対する共有持分権も一括して譲受人に移転する。この相続分の譲渡に伴って生ずる共有持分の移転は、それが当事者の合意によって成立することから、それは、とりもなおさず、農地法三条一項にいう所有権の移転にほかならず、登記実務においても、相続分の譲渡は相続財産を構成する個々の財産に対する共有持分権の移転を生ぜしめるものと解しているのである。

また、農地法三条一項の趣旨からみても、それが、「農地等の耕作を目的とせず、投資又は投機の対象として所有権の移転を受ける行為などを規制し、農地等の権利が農業経営をする意思と能力を有しない者に取得されるような農地等の移転を規制することにある」ことに鑑みれば、相続分の譲渡による農地所有権(共有持分権)の移転についても、農地法三条の許可を与えるか否かを審査することが妥当である。登記実務も、一貫して、相続分の譲渡による所有権(共有持分権)の移転には農地法三条の許可を要するものとしている。

しかるに、本件登記申請には、それが「相続分の贈与」を登記原因とする共有者持分全部移転登記申請であったにもかかわらず、農地法三条の許可書が提出されていなかったため、登記官は、やむなくこれを却下する本件却下処分をしたものである。本件却下処分に違法はない。

(二) もっとも、たしかに、農地法三条一項但書七号は、「遺産分割」について農地法三条の許可を要しないものとしているが、遺産分割と相続分の譲渡とはその性質を異にし、遺産分割に農地法三条の許可が不要であるからといって、そのことから直ちに相続分の譲渡にも農地法三条の許可が不要であるということはできない。すなわち、「遺産分割も、相続による財産の包括承継という制度の一環として、承継する財産を具体的に確定するための制度に他なら」ず、その効果についても、民法は遺産分割の遡及効を定めて(九〇九条)、遺産取得者が被相続人から直接所有権を取得したものとし、他の共同相続人から共有持分権を取得したものではないとしている。農地法は、そのような観点から、遺産分割について農地法三条の許可を要しないものとしたのである。これに対し、相続分の譲渡による共有持分権の移転は、譲渡人から譲受人に対する契約による移転であって、被相続人から譲受人に移転するものではなく、「財産の包括承継という制度の一環として、承継する財産を具体的に確定させるための制度」でもないのである。したがって、遺産分割と相続分の譲渡とを同列に取り扱うことはできず、農地法三条一項但書七号を相続分の譲渡に類推適用することはできない。

また、「包括遺贈」について、農地法三条一項但書一〇号・農地法施行規則三条五号は、農地法三条の許可を要しないものとしているが、包括遺贈も、その効力は遺贈者(被相続人)の死亡と同時に発生して(民法九八五条一項)、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものとされているのであり(民法九九〇条)、包括遺贈も「財産の包括承継という制度の一環」であることから、農地法は同法三条の許可を要しないものとしたのである。したがって、包括遺贈と相続分の譲渡とを同列に取り扱うことはできず、農地法三条一項但書一〇号・農地法施行規則三条五号を相続分の譲渡に類推適用することもできない。

(三) なお、登記実務においては、共同相続人間で相続分の譲渡がなされた場合、相続財産を構成する農地について未だその所有名義が被相続人に残っていれば、農地法三条の許可書の提出を求めることなく、当該農地について、「相続」を登記原因とする被相続人から共同相続人(但し、相続分の譲渡人を除く。)への直接の所有権移転登記をしているが(甲八(登記研究四九四号一二二頁))、これは、たとえ共同相続人間で相続分の譲渡があったとしても、未だ相続登記がない以上、「相続」を登記原因とする被相続人から共同相続人(但し、相続分の譲渡人を除く。)への直接の所有権移転登記ができ、かつ、もともと「相続」を登記原因とする所有権移転登記には農地法三条の許可は不要であるからである。不動産登記法三五条一項四号も、登記申請書に記載された登記原因によって農地法三条の許可を要するか否かを判断すべきものとしている。

2  原告の主張

(一) 相続分の譲渡は、それが共同相続人間でなされる限り、農地法三条の許可を要しないものである。

相続分の譲渡にいう相続分とは、相続財産全体に対して各共同相続人が有する包括的持分あるいは法律上の地位であって、それは分数的割合にほかならず、相続分が譲渡されても、相続財産を構成する個々の財産に対する共有持分権が一括して移転するわけではないのである。

また、農地の所有権の移転等について農地法三条の許可を要すると規定したのは、耕作者の農地取得を促進し、その権利を保護し、そして土地の農業上の効率的な利用を図るためにその利用関係を調整するためであって(農地法一条)、農業従事者以外の者が投資や投機の目的で農地を取得することを防止せんとしたためであり、農地法三条の許可を必要とする行為も、農地に対する所有権の移転等に限られているのである。

そうとすれば、個々の農地に対する共有持分権の移転を生ぜしめるものではなく、かつ、農地法三条一項の趣旨にも反しない共同相続人間の相続分の譲渡(第三者に対する相続分の譲渡ではない。)については、農地法三条の許可は不要というべきである。

(二) 現に、「遺産分割」については、農地法三条の許可を要しないものと規定されており、相続分の譲渡は、この遺産分割の前提としての遺産分割請求権の譲渡にすぎないのである。

また、「包括遺贈」についても農地法三条の許可を要しないものとされており、それとの対比においても、相続分の譲渡について農地法三条の許可を要しないものというべきである。

第三  当裁判所の判断

一1(一) 相続が開始した場合、共同相続人は、相続財産を構成する個々の積極財産及び消極財産の全てに対して、その法定相続分に応じた権利義務(可分な財産に対しては分割されたもの、不可分な財産に対しては共有持分)を承継取得するに至るものである(民法八九六条、八九八条、八九九条)。そして、不可分な財産に対する共有の法的性質は民法二四九条以下に規定される共有とその性質を異にするものではないと解されている(最高裁昭和三〇年五月三一日第三小法廷判決)。しかし、この法定相続分は、いわゆる特別受益(民法九〇三条)と寄与分(同九〇四条の二)とによって修正を受けることがあり、その場合には、その修正によって得られた具体的相続分に応じた持分的割合によって遺産分割がなされることになる。

(二) 相続が開始した場合、登記実務上は、①共同粗続人は、一人で、「相続」を登記原因とする共同相続人への法定相続分に従った所有権移転登記(相続登記)を受けることができ、②また、その相続登記後に遺産分割がなされたときは、当該不動産の取得者は、遺産分割の遡及効(民法九〇九条)にかかわらず、「遺産分割」を登記原因とする(その原因日付は、実際に遺産分割が成立した日である。)他の共同相続人から自己(取得者)への持分全部移転登記を受けることができる(乙二(登記研究四二三号)二八頁以下、弁論の全趣旨)。③なお、遺産分割が成立した場合において、未だ不動産の所有名義が被相続人に残っていれば、当該不動産の取得者は、右①の所有権移転登記(相続登記)と右②の持分全部移転登記(遺産分割登記)とに代えて、遺産分割の遡及効により、単独で、「相続」を登記原因とする被相続人から自己(取得者)への直接の所有権移転登記(相続登記)を受けることもできる(被相続人名義の所有権取得登記に続けて自己名義の所有権取得登記を受けることができる。)。(乙二、弁論の全趣旨)。

そのため、登記簿の記載からは、相続登記について、それが右①の単純な相続登記か、右③の遺産分割を経た後の相続登記か、いずれの相続登記であるかが分からない結果となる(乙二の三一頁)(そもそも、登記簿に遺産分割の遡及効を取り入れた公示までする必要があるのか、時効取得による登記原因日付の記載と同様に、疑問なしとしない。)。

2(一) 相続の開始後、遺産分割に先立ち、共同相続人の一部の者から他の一部の者に対して相続分の全部譲渡がなされた場合(民法九〇五条一項参照)、譲渡人が有していた具体的相続分に応じた持分的割合(未だ特別受益と寄与分とによる修正がなされていない場合には、後にそれらのなされる場合があることを前提とした法定相続分)はその全部が譲受人に移転し、これに伴って、当然に、譲受人は、譲渡人がその譲渡前に有していた個々の相続財産(積極財産及び消極財産)の全てに対する権利義務(可分な財産については相続の開始と同時に分割承継したもの、不可分な財産については他の共同相続人とともに有する共有持分)を一括して取得するに至るものである。その結果、譲受人は、譲り受けた相続分に自己固有の相続分を加えた相続分をもって、遺産分割協議に臨むことができ、他方、譲渡人は、その具体的相続分が零となって、遺産分割を請求する権利を失うに至る(但し、相続人たる地位まで失うものではないから(この点が相続の放棄と異なる。)、その後に他の共同相続人が相続を放棄した場合には、再び相続分を取得するに至ることとなろう。)。もっとも、相続分の譲渡は、これを相続債権者に対抗することはできない。

(二) 相続分の譲渡がなされた場合、登記実務上は、①相続財産を構成する不動産(但し、農地を除く。)の所有名義が既に共同相続人に移転されている場合には(すなわち、相続登記がなされている場合には)、譲受人は、「相続分の贈与」、「相続分の売買」等を登記原因として、自己への持分全部移転登記を受けることができ(乙二)、また、未だ所有名義が被相続人に残っている場合には、相続分の譲渡に遡及効がある旨の規定はないものの、譲受人は、「相続」を登記原因とする被相続人から共同相続人への所有権移転登記と「相続分の贈与」等を登記原因とする譲渡人から自己(譲受人)への持分全部移転登記とに代えて、「相続」を登記原因とする被相続人から共同相続人(但し、相続分の譲渡人を除く。)への直接の所有権移転登記を受けることができるものとされている(この場合、登記簿に記載される譲受人の持分は、自己固有の持分に譲受持分を加えたものである。)(甲七(登記研究四四四号九九頁以下)、乙二)。②そして、相続分の譲渡があった後に遺産分割が成立した場合には、当該不動産の取得者は、遺産分割の遡及効にかかわらず、「遺産分割」を登記原因として他の共同相続人から自己(取得者)への持分全部移転登記を受けることができ(乙二)、また、未だ当該不動産の所有名義が被相続人に残っている場合には、当該不動産の取得者は、「相続」を登記原因とする被相続人から共同相続人への所有権移転登記と「相続分の贈与」等を登記原因とする譲渡人から譲受人への持分全部移転登記並びに「遺産分割」を登記原因とする他の共同相続人から自己(取得者)への持分全部移転登記とに代えて、遺産分割の遡及効により、「相続」を登記原因とする被相続人から自己(取得者)への直接の所有権移転登記を受けることができるものとされている(甲七、乙二)(なお、所有名義が未だ被相続人にある場合において、相続人以外の第三者が相続分を譲り受けかつその者が遺産分割により当該不動産を取得したときは、もはやこの相続登記の方法によることはできないであろうという考え(乙二の三三頁)と、なお右の相続登記の方法によることもできるという考え(甲七の一〇二頁)がある。)。

二 そこで、次に相続財産中に農地がある場合について検討する。すなわち、相続財産を構成する個々の農地についても右一と同様に取り扱ってよいかである。なぜなら、農地法三条一項本文は「農地又は採草放牧地について所有権を移転し、又は地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権若しくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し、若しくは移転する場合には、省令で定めるところにより、当事者が農業委員会の許可(これらの権利を取得する者(政令で定める者を除く。)がその住所のある市町村の区域の外にある農地又は採草放牧地について権利を取得する場合その他政令で定める場合には、都道府県知事の許可)を受けなければならない。」と規定し、農地については、農地法三条の許可がない限り所有権移転の効果は生じないものと解されているからである。なお、農地法三条一項但書は、「ただし、次の各号の一に該当する場合及び第五条第一項本文に規定する場合は、この限りでない。」として、一号から一〇号までを掲げ、その七号は、「遺産の分割、民法七六八条二項(同法七四九条及び七七一条で準用する場合を含む。)の規定による財産の分与に関する裁判若しくは調停又は同法九五八条の三の規定による相続財産の分与に関する裁判によってこれらの権利が設定され、又は移転される場合」との趣旨を規定しており、また、その一〇号は、「その他省令で定める場合」と規定している。

1  まず、農地について相続が開始した場合、その「相続」について農地法三条の許可を要しないことは、異論がない。

登記実務においても、農地につき相続が開始した場合、農地法三条の許可書の提出を求めず、前記一と同様に、「相続」を登記原因とする所有権移転登記をしている。

2  「相続分の譲渡」については、後述する。

3  「遺産分割」については、前記のとおり、農地法三条一項但書七号が、明文をもって農地法三条の許可を不要としている。

登記実務上も、農地について遺産分割がなされた場合、前記一と同様に、当該農地が既に共同相続人名義に相続登記されているときは、農地法三条の許可書の提出を要せず、また、遺産分割の遡及効にもかかわらず、「遺産分割」を登記原因とする他の共同相続人から取得者への持分全部移転登記がなされ、また、当該農地の所有名義が未だ被相続人にあるときは、「相続」を登記原因とする共同相続人への所有権移転登記(相続登記)と「遺産分割」を登記原因とする取得者への持分全部移転登記(遺産分割登記)とに代えて、農地法三条の許可書の提出を要せず、遺産分割の遡及効によって、「相続」を登記原因とする被相続人から取得者への直接の所有権移転登記(相続登記)がなされることもできるとしている。

4  「包括遺贈」についても、明文をもって、農地法三条の許可を要しないものとされている(農地法三条一項但書一〇号・農地法施行規則三条五号)。この場合、包括遺贈が相続人でなく第三者に対してなされた場合でも、農地法三条の許可を要しないものである。「特定遺贈」については、相続人に対する特定遺贈については農地法三条の許可を要しないという考え(加藤一郎「農業法」(法律学全集)一四三頁、高松高判昭和四一年一〇月二一日・下民集一七巻九・一〇号、大阪高判昭和五七年三月三一日・判例時報一〇五六号)と、相続人に対するものも含めて農地法三条の許可を要するという考え(昭和四三年三月二日民事三発一七〇号民事局第三課長回答)とに分かれている。

三1  そこで、本件のように相続財産中に農地がある場合の共同相続人間の相続分の譲渡について検討する(第三者に相続分が譲渡された場合はしばらくおく。)。すなわち、共同相続人間において相続分の譲渡がなされた場合、これに伴って相続財産を構成する個々の農地に対する共有持分権の移転が生ずるためには農地法三条の許可が必要か、である。

(一) 被告は、この点について、前記のとおり、農地法三条の許可が必要であると主張し、登記実務もそのように解している(乙三(登記研究五四一号一三八頁)、乙四(月刊登記先例解説集三一六号(二八巻三号)九三頁))旨を主張する。

(二) しかし、①相続分の譲渡は、前示のとおり、これに伴って、当然に、相続財産を構成する個々の不動産の全てに対して譲渡人が有していた共有持分権を一括して譲受人に移転させる結果を生ぜしめるものと解すべきであり、そして、遺産分割も、また、実質的には、共同相続人が相続財産を構成する個々の不動産に対して有していた共有持分権を互いに移転しあう性質のものであること、②農地の遺産分割については、前記のとおり、明文をもって農地法三条の許可を要しないものとされていること、③相続分の譲渡は、通常、相続分の放棄とともに、遺産分割の前提行為ないしは先行行為としてなされるものであり、それをそのまま有効とすることによって(すなわち、遺産中に農地がある場合においても、相続分の譲渡につき農地法三条の許可を要しないものとすることによって)、遺産分割の円滑な進行が期待し得ること、④更に、共同相続人間の相続分の譲渡につき農地法三条の許可を要しないとしても、遺産分割につき農地法三条の許可を要しないとした以上に弊害の生ずるおそれはないと考えられること、⑤その他、農地法三条の許可が不要とされた包括遺贈との比較均衡、等を考慮すると、たとえ遺産分割に遡及効があることを考慮しても(但し、その遡及効はかなり制限されている。)、少なくとも共同相続人間の相続分の譲渡については、農地法三条の許可を要しないものと解するのが相当であり、妥当である。

被告の右主張は採用することができない。

(三)  そうだとすれば、本件において、本件相続分の贈与によって山田武夫及び山田たきの有していた本件農地に対する各共有持分権は当然に原告に移転したものであり、それ故、原告は、これに基づいて、本件農地につき、共有者持分全部移転登記を受けることができたものというべきである。

2 結局、本件登記申請を不適法なものとして却下した本件却下処分は、不動産登記法三五条一項四号の解釈を誤ったものというべきであり、原告の本訴請求は理由がある。

3(一)  なお、登記実務においても、共同相続人間で相続分の譲渡がなされた場合、未だ当該農地の所有名義が被相続人にあるときは、譲受人は、農地法三条の許可書の提出を要することなく、「相続」を登記原因として被相続人から共同相続人(但し、相続分の譲渡人を除く。)への直接の所有権移転登記を受けることができるものとされている(甲八(登記研究四九四号一二二頁)。

(二)  被告は、これについて、「右事例において農地法三条の許可書の提出を要しないとしているのは、たとえ共同相続人間で相続分の譲渡があったとしても、未だ相続登記はなされておらず、当該農地の所有名義がなお被相続人にあるから、譲受人は、「相続」を登記原因として被相続人から共同相続人(但し、相続分の譲渡人を除く。)への直接の所有権移転登記を受けることができ、かつ、「相続」を登記原因とする限りその所有権移転登記には農地法三条の許可書の提出は不要であるからである。不動産登記法三五条一項四号も、登記申請書に記載された登記原因によって農地法三条の許可を要するか否かを判断すべきものとしている。」旨を主張する。

(三)  たしかに、不動産登記法三五条一項四号は「登記原因ニ付キ第三者ノ許可、同意又ハ承諾ヲ要スルトキハ之ヲ証スル書面」と規定している。しかし、そもそも、農地法三条の許可を要するか否かは農地法の解釈として決せられるべき問題であって、登記原因をいかなるものにするかによって決まるものではなく、仮にこの点をしばらくおき、農地法三条の許可を要するか否かを登記申請書に記載された登記原因によって判断するとしても、右の事例においては、登記原因とされた「相続」が通常の相続でないことは明らかであり、「相続」と「相続分の譲渡」とが併さったものであることは申請書自体からも容易に判明するのであって、そうとすれば、右事例においては、被告の立論(「相続分の譲渡に伴って個々の農地に対する共有持分権が譲受人に移転するためには農地法三条の許可を必要とする」との立論)に従えば、右相続分の譲渡につき農地法三条の許可がない以上、その登記申請を却下すべき理である。

(四)  なお、更に述べれば、農地につき相続が開始し、相続分の譲渡があった場合、現在の登記実務によれば、権利移転の過程と態様とを忠実に登記簿に反映させるべくまず共同相続の登記を経由したときは、それをしたばかりに却ってその後の「相続分の譲渡」を登記原因とする持分全部移転登記に農地法三条の許可書の提出が必要となり、あるべき登記を経由したために逆に不利益を受ける結果となるのである(共同相続の登記を経由しなければ、前記のとおり、農地法三条の許可書の提出を要することなく、「相続」を登記原因として被相続人から共同相続人(但し、相続分の譲渡人を除く。)への直接の所有権移転登記を受けることができるのである。)。

四 よって、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原田敏章 裁判官山田敏彦 裁判官宮島文邦)

別紙物件目録〈省略〉

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